[MBA]感涙の授業

いよいよMichaelmas Term(1学期)の期末テストが始まり、今日は第1弾のFinancial Reportingのテストがあった。

Oxfordの試験はSub-fascと呼ばれるガウンやら蝶ネクタイやらを着た正装で、しかも手書きで行うので、論述問題を書き続けるのは相当手が疲れたけれど、得意な授業でもあったので特にわからない問題はなかったのでちょっとほっとしている。

(あとから思い返せば固有名詞でスペリングミスがあったとか、手書きなので英語がひどいとか、そういう点で減点はされそうだけど。。。(苦笑))

Financial Reportingのクラスはこの学期の授業のなかでは圧倒的に生徒の人気が高かったように思う。最後の授業のあとは総立ちで拍手が鳴りやまなかったし、その直前の教授のスピーチは思わず涙ぐむくらい感動的だった。

会計の授業で感動。すごくない?だって、会計よ?(笑)
正直一番退屈な授業になると思っていた。

前8回の授業は一応ストーリー仕立てになっていて、事業を立ち上げるところから始まり、企業の成長とともにぶつかっていく会計上の諸問題について理解を深めるという流れ。

最初は複式簿記の基礎の基礎から開始。なんでも、世界にMBAは数多くあれど、複式簿記を授業で教えるのはOxfordだけだとか(笑)(世界中の有名なMBAをまわってもそんな「レベルの低い」ことはMBAではやらないということらしいし、OxfordでもCourse Coordinatorを説得するのは大変だったのだとか)

でも教授は複式簿記の基本を理解しない限り会計の諸問題は絶対に理解できないという信念をもっていて、その果実は確かに後の授業で明らかになっていった。

基本を学んだあとは、様々なCreative Accounting (場合によっては違法な粉飾決算)の手法を解説しながら、経営者としてどういう視点で財務諸表を見るか/作るか、投資家として数字に騙されないためには何に気をつけるべきかなど、知っておくべき会計の本質を学んでいく(Creative Accountingは確かに複式簿記を知らなければ絶対に理解できない)。

会計を操作することを悪だと断ぜず、時と場合によっては国や経済を守るために必要だと、教授であると同時に会計士でもありながら大胆な議論をしたのが印象的。

まあ、90年代の日本の銀行の大蔵省も交えての粉飾ぎりぎり決算を、その時の経済を救うのには必要だったと言いきったのは内心いかがなものかとは思いながらも(笑)、多少誇張してでも会計が業界を超えて経済や社会に与える影響を考えさせたり、国が違えば価値観も変わることを生徒に考えさせたりする上ではとても大切な通過点だったように思う。

実際、国家ぐるみの”Creative Accounting”は中国などの新興成長国では当たり前なので、国境を越えて仕事をしている人たちがほとんどの我々にとってはアングロサクソンの常識だけが全てではないことを知っておくことは極めて重要に思える。

その話のなかで、昨年までの授業では生徒からは「アメリカでは銀行に公的資金をいれたり会計ルールを変えて銀行を救ったりするような文化はない。ダメならつぶせばよい」という意見が多かったらしい(笑)結局今年に何が起きたか?

不思議だったのは、AsiaやPan-Pacificの国(US含む)の生徒は中国の話が頻出するのは自然だったのだが、Continental Europeの生徒からすると中国というのはやはり遠い国らしく、「なんであの教授は中国の話ばかりするのか、所詮発展途上国でなんのパワーもないではないか」と怪訝な顔をしていた。なるほど、巨大な人的/物的資源を持つ中国のパワーが我々の未来に正にも負にも影響を与えうるという感覚は世界共通ではないらしい。

財務分析の授業の進め方も特徴的で、まずは様々な指標の公式を暗記する危険性をばっさりと切っていた。例えば、イギリスで最も売れている会計の教科書のなかで、「企業XXXの○○の比率が高いから安全性が高い」と記述されているところをピックアップし、その企業の本物の財務諸表の脚注まで詳しく読めば、実は著者の重大な見落としがあってその企業の財務内容は芳しくないことを示していた。

また、とある会社の財務比率についてアナリストレポートを数多く並べ、単純な指標であるにも関わらず各社によって拾った数字が違うからか結果としての財務指標の数値がバラバラであることも示していた。

1社を除いて残りすべてのアナリストが買い推奨をしているなか1社だけが強い売り推奨をしている企業をピックアップし、なぜ1社だけが強い売り推奨をしているのかを、annual reportの脚注から推測できる重要事実を積み上げて分析してみせる。

とにかく、数字を簡単に信じるな、財務指標を計算過程を見ることなく信じるな、小さいけれど重要なサインを見落とすな、という点を徹底していて、仕事で財務分析をやってきた僕としてはかなり共感できる考え方だ。

そして極めつけは「グローバルスタンダードの会計基準を信じるな」。

IAS/IFRSによるいわゆる世界標準になりつつある会計基準がいかに多くの問題をはらんだものであるかの授業はかなり熱がこもっていた。ちょうどアングロサクソン流の考え方が揺らぎまくっている今年においては、生徒の受け止め方も真剣そのもの。(確かにFair Value Accounting の考え方がなければEnronの事件は起きなかったかもしれない)

CSRレポートや環境会計など、既存の会計には含まれていない新しい会計の話では、既存の取り組みの問題点を指摘しながらも、会計ルールを少し変えるだけで世の中をポジティブに変えうる可能性についても議論した。そう、ルールは行動やら慣習やらを集約し明文化することで規定されるが、いちど規定されてしまうと今度は逆に人々の行動にも(正負それぞれの)影響を及ぼしうるのだ。

授業を重ねるごとに議論は深まり、会計とは誰のためにあるのか、会社は何のために存在しているのか、という点をしつこいくらいに生徒に考えさせる。

会計に無知であると思わぬところで足を救われるし、間違った会計ルールは世の中に害を与えうる。Oxfordの卒業生となった我々が、経営者として、官僚として、政治家として、NGOとして、会計の知識をどのように活用して世の中をよくするのか。。。これがこの授業の通奏低音として流れていたテーマ。

会計の世界に、唯一の正解があることのほうが少ない。前半の授業では、生徒は教授の質問に対する正しい答えがyesでもnoでもなく”it depends”であることを学び、後半の授業ではit depends on “what”を論じられるようになっていく。

すごいよ、すごい。簿記なんて何が何だかわからんわーいと泣きそうになっていた生徒たちが、最後には会計をつかって世の中をどう変えられる可能性があるのかを論じるようになっているのだから。

もちろん、授業の内容が良かっただけで最後の授業でみなが涙ぐんだわけでもなく、常に我々の卒業後のことを真摯に考えて話をしてくれる人だったからこそ、最後のスピーチが心に響いたわけです。哲学者になろうとしていたけれど、親に反対されたので仕方なく会計士になったというだけあって(笑)、やっぱり普通の授業じゃない。

多くある授業の中で、その科目の内容の伝授にとどまらず、卒業後にビジネスマンとして、あるいは社会の一員として、どう振舞っていくかまで視野にいれて授業をしているのはこの教授だけだったと思う。

これがMBA、なのかもしれない。この授業をとるためだけでも、他のMBAではなくOxfordを選ぶ意味はあるのではないかと思った。

さ、次のテスト勉強に移るとするか。。。

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